不動産投資で不労所得550万までの道筋を振り返ってみた。第1話〜宮根社長との出会いまで〜

どうもベビ蔵です。

今回は私が不動産投資で不労所得を築くまでの道筋を振り返ってみます。

目次

FXでの挫折

私が不動産投資を始めるに当たってFXで挫折したことがきっかけになっています。

今から13年前新卒で某メーカーに就職し、新卒ながら長時間労働+初めてのひとり暮らしで精神的に参りそうになり、このまま働き続けるのは嫌だ!と思い2年ほどが経った頃、セミリタイヤするぞ!と一念発起し、それならハイリスクハイリターンのFXや!と非常に安易な理由からFXに手を出しました。

幸か不幸か残業代はたっぷりあったので20万円程を元手に知識もほとんどないまま猛者たちの潜むFXの海へと漕ぎ出しました。

そうすると溶ける溶ける(笑)典型的な損大利小トレード+高いレバレッジをかけた無謀なレートでの取引により、1ヶ月ともたず元手の20万円はなくなってしまいました。トホホ。

金持ち父さん貧乏父さんをたまたま手に取る

FXで手痛い失敗をしたのですが、当初の目的であるセミリタイヤへの思いが尽きない私は暇を見つけては本屋に行き、投資コーナーの棚を物色していました。

そこで出会ったのが、ロバートキヨサキ著 金持ち父さん貧乏父さんでした。

読んでみて大きな衝撃を受けました!こんな生き方があったのか!と


改訂版 金持ち父さん 貧乏父さん:アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学 (単行本)

FXのような刹那的な取引に恐怖を覚えた私は不動産投資という存在を知り、自分もやってみたい!

そう思いました。

また、当時は建築業界に近いところで働いていたため、工務店の社長がアパートを沢山保有し、本業はそこそこに優雅な生活をしているのを目の当たりしたのも大きかったです。

でも、不動産投資なんてどうやって始めていいかわからないし、誰に相談していいかもわからず悶々としておりました。

ただ、建築業界に近いところで働いていたこともあり、地場の工務店が安くて良い家を建てているのを知っていたので大手アパートディベロッパーに頼むという選択肢はなかったです。

そんな悶々とした日々を過ごしながら仕事は一生懸命やっていました。当時はワーカホリック気味で土曜日出勤も常態化…もう早くやめたいと思いながらも変に真面目なところがあって自分はまさに会社の奴隷と化しておりました。

しかし、この土曜出勤の日々が後々功を奏すことになるのです。

パプワさん(仮)との出会い

悶々としながらも不動産投資のチャンスを伺い、副業NGだったので会社と少し距離がある人にはツテを持ってないか図々しくも聞くもツテはなしという生活が続いていました。

そんな折、たまたま自分が所属している会社を退社した方と飲むけど来ると先輩から声をかけていただき、パプワさん(仮)と食事に行くことになりました。

よくよく聞くとこのパプワさん(仮)の退職によって出た欠員で私のその地方支店への配属が決まったということで偶然とはいえ中々運命めいたものを感じていました。

そして先輩がトイレに立った時にいつものルーティン発動で不動産投資に興味あるんですがどなたか知らないですか攻撃を繰り出したところ。

『俺アパート持ってるから俺建てた時の業者紹介してやるよ』

いやぁそうですよねぇそんな業者知らないですよねぇ

えぇぇぇぇ!!!!知ってんのぉぉ!?

いやぁ色んな人に聞いてみるもんですね。悶々としながら2年あまりが経過しましたがここで念願のアパート業者さんを紹介してくれる方が現れました。

その日のお酒はやたらと美味しかったのを覚えています。

宮根社長との出会い

紹介してくれると言ったからには逃さないのがベビ蔵です。早速次の日パプワさん(仮)にメール(当時はLINEなんてない)し、いつ紹介してくれるかの日程決めになり、翌週の昼休みに会えることになりました。

そして、その日がやってきました。

朝からウキウキでパプワさん(仮)と指定されたファミレスで待っていると宮根社長が現れました。

え…

ええ…

胡散くさい!めちゃくちゃ胡散くさいー!

宮根誠司に似た高笑い+引き笑いの怪しい方がそこには居ました。

でもこの宮根社長が後々私に2棟の投資案件をもたらしてくれるのです。

続く

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次
閉じる